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歴史・文化

260年前の宝暦治水の縁で、大垣市のケヤキが鶴丸城の御楼門へ

平成27年12月18日の南日本新聞およびweb版、岐阜新聞web版によりますと、
樹齢300年以上のケヤキの大木が、岐阜県大垣市から鹿児島県へ、鶴丸城の御楼門の復元のために寄贈されました。
鹿児島では、薩摩藩主島津氏の居城鶴丸城の御楼門の復元を進めています。
岐阜県と木曽三川流域の19市町でつくる「鹿児島県との友好の証プロジェクト実行委員会」が
ゆかりのある鹿児島県を支援しようと、7日に寄贈を決定していました。
12月17日、岐阜県大垣市で伐採式が行われました。
ケヤキの大木の所有者は、先祖が江戸時代の宝暦治水工事と縁がある西脇健児さん(80)です。
伐採されたケヤキは3年間乾燥させた後、加工して鹿児島県に運ばれ、御楼門の大扉に活用されます。

岐阜県と鹿児島県の縁は江戸時代の治水工事にさかのぼります。
薩摩藩は江戸幕府に命じられ、宝暦4年(1754)から宝暦5年にかけて、木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)の河川改修工事に
携わりました。
家老の平田靱負が総奉行となり、約千人の藩士が工事に当たりました。
1年3カ月という非常に短い期間で完成しましたが、多くの死者を出し、薩摩藩は多額の費用もかかりました。
岐阜県では、この難工事を完成させた薩摩藩士たちを顕彰しています。