退官後の研究室は小学校
2015/08
大学の先生が退官するとき、大学の研究室から、先生も書籍も移動しなくてはいけません。
先生が自宅で暮らすのはむつかしいことではありませんが、研究室にある大量の書籍を自宅に引き取るのは難問です。
置き場所の問題が一番ですが、それだけでなく、自宅は人が集まって議論をしたり、研究に没頭するような空間でないことのほうが
多いからです。
こんなことを想像します。
今は夢物語ですが、いつの日か、現実になっているかもしれない学問の場所です。
大学の先生が退官するころに、1枚のカードが届きます。
たった1枚のカードですが、退官の寂しさを紛らわす楽しさをもたらしてくれます。
新しい研究室を選ぶ楽しみがあるからです。
カードには、先生が書籍を送り、自分の第2の研究室となる学校の候補地がいくつか載っています。
本の移動先は自宅ではありません。
自宅に送る人はめったにありません。
研究室がそのまま移動するのです。
全国の、かつて学校だった場所が、第2の研究室となって先生を待っています。
書籍の送料は自己負担ですが、場所を選ぶのは先生です。
別荘を持つ感覚に近いかもしれません。
候補地を古ぼけた地図やグーグルマップで調べがら、先生は思案します。
「山もいいなあ、でも、海も捨てがたい。」
あるいは
「生まれ故郷に近いのもいいけど、行ったことがない場所はどうだろう。ずっと住むわけではないし」
さまざまな分野の研究室が集まることのほうが多いのですが、時には数学の研究室だけ、歴史の研究室だけというところもあります。
そこでは、いつのまにか、学会とは一種異なった、変わった集まりが生まれています。
学界は実はかなり細分化されているので、退官後に大きなくくりで研究対象に関する話ができるのは、かなり楽しいことでした。
本を置くだけで、自分の研究室に行かない人もいます。
半ば住民のようになってしまう先生もいます。
どちらにしろ、研究室は先生のものだけではなく、興味のある人なら誰も拒みません。
明治の頃、子どもたちに学問をと、小学校が津々浦々に生まれていったその思いが、再び学校に息づき始めます。
廃校になったことは事実であっても、研究の精神と書籍が学校をよみがえらせていくのでした。
大学だけが、研究の場所ではありません。
いつまでも学び探求したいという精神を持った人が、日本のあちこちに増えていくのを想像してみてください。
学校が消えていく、子どもが減っていくとただ嘆くよりは、前向きな気持ちになりませんか。