タバコ・バー
2002/10
保健所から、珍しく、書類が送られてきたことがありました。
あけてみると、三枚のシールが入っています。
書かれた文を読むと、「飲食店の協力、お願いします」ということでした。
シールは、店が禁煙、あるいは分煙かを示したり、分煙時間を明記することのできるシールでした。
ところかまわずタバコを吸うことは、好ましいことではありません。
ただ、近頃の嫌煙運動に関しては、かえって不信の目で見てしまいます。
世の流れが禁煙になったとたん、どうして、こんなことまで手伝ってくれるんでしょう。
「うちは禁煙です」という紙を店に出す時、保健所が手伝ってくれることが、不思議に感じます。
私はいつも口頭でお願いしていましたから。
私がずいぶん前から思い描いている店があります。
タバコバーです。
タバコを吸うために入る店。
タバコを吸いたいために、喫茶店に入るのではなく、タバコを吸うために入る店です。
そのついでに、ひとくち食べたり飲んだりできる店です。
駆けつけ一杯ではありませんが、一本だけという方は、スタンディングで。
ゆっくり時間をかけて数本吸いたいという方は、ソファで。
店で座る時間と場所で、値段が違います。
タバコバーでの喫煙があまりに気持ちがいいと、他の場所では吸う気持ちになれなくなるかもしれません。
ある行動と、それを実現できる快適な場所という組み合わせを脳が憶えると、他の場所での行動は嫌悪感を持つかもしれません。
実際、タバコ以外にも例をあげることはできそうです。
これまでのように、野放図というのも困りますが、どこもだめ、というのは私には納得がいきません。
ヘビースモーカーでも、ライトスモーカーでもないのですが。
会社も列車もタバコOK、受動喫煙など歯牙にもかけない、というのが30年近く前のことでした。
私も女性に注意して、ひどくにらまれたこともありました。
殴られそうな勢いでした。
タバコをほかの言葉に置き換えてみると、どうでしょう?
それ自体、あまりいいことではなくても、叩き潰すほど最悪なものなのかどうか、一瞬立ち止まる必要のあることが、近頃多いような気がします。
上手に共存して、互いにほっと息がつく社会にすると、生きていることはもっと楽しくなるのではないかと思うのです。
タバコバーが、カナダでオープンしたことを新聞で読みました。
日本でもできることを夢見ています。
禁煙志願者をスタッフにするという意地悪な気持ちも少々ありますが。