Novel(百物語)
02ten

モッコウバラ

庭の草むしりをしていると、声がかかった。
「いつ見ても、お宅はきれいだね。何て言うんだい、この花は」
「ええと、モッコウバラですよ」
「バラ?これがバラなんだ。へええ」
ひと段落して立ち上がってみると、私に声をかけた男は、しばらくそこにいたようだった。
歩き始めたばかりの後ろ姿が、塀の下に見えていた。
私が花を切ってくれると期待して、待っていたのかもしれない。
たとえ、相手が期待していなかったとしても、褒めてくれたつるばらを私が切って渡せば、
あの男は気持ちよく散歩を続けたに違いない。
全く気が利かない、と私は自分を叱る。
ああすればよかった、こうすればよかったとしばらく経つと思いつくのだが、私の行動はいつも手遅れだ。
腰に手をあてたまま、私は去って行く男の後ろ姿をしばらく眺めていた。
あの男は、近所にある、小さなストアーの主人だ。
コンビニエンスが近くに乱立しても、決してさびれることもなく、
昔ながらのこぎれいな店構えのストアーを経営している。
三代目らしいあの男は私よりも若いが、歩き方も仕事同様、自信ありげに見えた。

我が家は、千駄ヶ谷駅から歩いてすぐの、崖の下にある。
家の裏手に古びた塀が続き、その向こうには木々が生い茂っている。
古びた塀と樹木と咲き乱れたつるバラが、都心とは思えない風景を作りだす。
あの塀の奥はなんですかと、訪れた人は必ず訊ねる。
新宿御苑ですと答えると、えっと、皆、とまどった顔をする。
新宿御苑というのは、新宿三丁目の駅のそばだと思い込んでいるからかもしれない。
聞いた人の頭の中には、東京の地図ではなく、電車の路線図だけが入っているのだろう。
致し方のないことだ。
今の世の中で、東京の地図が頭に入っている人など、ほとんどいないに違いない。
タクシー運転手だって、ナビを頼りに運転するのだから。
私がこの家に住むのは、四十年ぶりだ。
父親の転勤で二歳から東京を離れ、日本各地を転々とした。
子ども時代をここで過ごしていたら、ストアーの主人と同じ小学校に通い、
少しは先輩風を吹かせることもできたかもしれない。
建てたばかりの家だったが、父親は留守宅が火事になることを嫌った。
不動産屋に仲介してもらい、躊躇なく貸家にした。
最初にこの家を借りたのが、偶然、外資系の会社だった。
新宿御苑の庭が借景になるのが珍しかったのか、外国の人には人気が高かったらしい。
その縁で、借り上げ社宅としてずっと使ってくれた。
新築の家がすっかり中古になったころ、父はようやく本社勤務となり、家族は東京の自宅に戻った。
東京に戻ったのは、私が高校を卒業した春だった。
私は美大に進みたかったが、父親から猛烈に反対され、興味もない学部を選んだ。
大学は東京郊外にあった。
父親と一緒に暮らす気にはなれなかった私は、これ幸いと安いアパートに移り住んだ。

大学をどうにか卒業して会社に入ったが、私は父が期待したような会社員にはなれなかった。
他の人と同じようなスピードで仕事をすることが、なぜかできなかった。
事務の仕事も、営業の仕事も失敗する。
新入社員の頃は誰もがそんなものだと、最初は慰めてもらえたが、
そのうち、同期はそつなく仕事をしていくようになった。
私だけが何年経っても進歩がなく、後輩に追い抜かれていく。
やる気がないと面と向かって言われ、女性の専売特許だった寿退社を、男の私が柄にもなく夢見たものだった。
当時、女性の多くは結婚による会社からの逃亡を、寿退社と呼んでいた。
結婚したら、女性は働き続けたくてもできなかったのは本当だが、
あの頃は、働きたくなくて寿退社を使った女性も多くいたものだ。
七年は我慢したが、とうとう、先も見えないまま、私はその会社を辞めた。
どうやって食べていこうかと私は悩んだ。
その時、浮かんだのが、幼い頃から好きだった絵を描くことだった。
ほとんど乞食まがいの生活をした時期もあったが、それでも続けてきた。
雑誌の挿絵や小さなイラストを書いて、そのうち、どうにか生活できるようになった。
普通の人は、私が手にする金額では生活できないというだろう。
しかし、ひとりでつましく生きていくのは、さほど難しくはなかった。
健康で、病気ひとつしない頑丈な体を親からもらったおかげだった。
美大に行かなかったのは、父親の反対のせいではない。
今になると、よくわかる。
私には、才能はない。
だから、美大に行く勇気がなかったのだ。
それでも、いわゆる会社勤めよりは、今の仕事をするほうが、私にあっている。
母親は、私の仕事を一応認めてくれた。
時々、葉書もくれた。
私の住むアパートを訪ねてくることはなかったが、時々、小包を送ってくれた。
食べ物が詰め込まれた小包は、なぜか、金が全くなくなった時、私の元に送られてきた。
母親の勘というものだろうか。
父親には、何の感情も浮かばない。
私が幼い頃から、父は自分の子どもとして失格と烙印を押していた。
怒鳴られたり、嫌われたわけではない。
親子というよりは、同居人のような態度だった。
それでも、私を大学まで出してくれたのだから、文句を言える筋合いではない。

昨年、突然、年老いた父親に頼まれ、私は郊外のアパートからこの家に移り住んだ。
自分がこの家に戻ってくるとは、想像もしなかった。
母は一昨年、亡くなった。
父がひとりで暮らせるとは、私も思っていなかった。
老人ホームに入るのだとばかり、思い込んでいた。
堅実な父のことだから、少しは預金もあるだろうし、自宅を売ればそれなりの金額になるはずだった。
父と私は、母を介さない限り、互いのやりとりはほとんどない。
私は父の期待に添えない子どもで、父が思い描いたような仕事ぶりも、結婚生活もなかった。
法律上の親子でしかなかった。
母の葬式で何十年ぶりに会った父が、私に声をかけることはなかった。
父の態度は、私の想像していた通りで、かえってほっとした。
私を少しもあてにせず、母の葬式を取りしきっている父を、尊敬したほどだ。
死ぬ前、私は母と数回会った。
がんの診断を受けると、すぐ、母は私に連絡してきた。
もう十分生きたから、何も治療などしたくないと母はいい、痛み止めだけを医者に頼んだ。
連絡を受けて一年もしない間にいなくなってしまった母だったが、病気をきっかけに母は私と会うようになった。
「葬儀の写真はいらない、あんたが私を描いてちょうだい」
母にそう頼まれた時、私は本当に困ってしまった。
生活のために、観光地で似顔絵かきをしたことはあったが、決してうまくない。
「やつれた顔はいやだから、モデルはなしよ、あんたの想像で描いてよ」
そんな勝手な注文までしてくる。
前金までもらってしまい、私は冷や汗をかきながら、どうにか、完成させた。
似顔絵代として渡された残りの金額は、私の生活費の一年分はあった。
「受け取れないよ」
私がそう言うと、ベッドの母はにっこり笑った。
「お父さんが気に入ったのよ。お父さんが銀行から下ろしてきてくれたんだから、いいんじゃない?」

母の似顔絵は、父の部屋にある。
仏壇の横に置いてある。
掃除をする時、下手な作品を見るのは気恥かしい。
自分の能力を見せつけられているようなものだ。
この家に一緒に住んでほしいと、生まれて初めて父から手紙が来たのは、母の四十九日が終わったころだった。
住み込みのヘルパーになってもらえないだろうか、と書いてあった。
中学校で習う英語のような、ぷつぷつした短文の手紙だった。
たしか、こんなことが書いてあった。
現在のところ、自分は基本的な生活はできている。
もっと衰えた時は、依頼することは多くなるかもしれない。
世間相場の給料は出す。
細かいことは、信託銀行の人に聞いてほしい。
お前と話がしたくないというのではなく、衰えた自分では、計画していることをうまく伝えられないからだ。
お前が自分の仕事をすることは、少しも問題はない。
どうしても嫌だったら無理にとは言わないが、できることなら自分はこの家で死んでいきたい。
協力してもらえたら、嬉しい。
お母さんも、ほとんど最後までこの家で暮らした。
自分もそうしたい。
父宛てに、私は承諾の返事を書いた。
したがって、この家を「我が家」と記すのは、実はおかしい。
私の勤め先なのだから。

私の仕事は、父のヘルパーというよりは、この家の管理人に近い。
父親は、洗濯だけはやってくれる。
食事は、近所のスーパーに行き、自分の好きな総菜を買ってくる。
私はご飯を炊き、片づけをする。
毎日、なんらかのゴミを出す。
一日おきに掃除機をかける。
三日に一度、風呂を沸かし、一週間に一度、洗面所と風呂場、トイレの掃除をする。
父親が普通に起床し、夜に布団に入ったかを確かめる。
生存確認というらしい。
庭の手入れのほうが、父よりもずっと手間がかかる。
狭い庭だが、木の葉が落ち、雑草もすぐに伸びる。
モッコウバラは手間がかからないぶん、ありがたい。
時にはバラを切り、挿絵に使おうとデッサンをすることもある。
年老いた男と中年の男がふたり、静かに暮らしている。
親子だとは誰も思っていない。
この間も、回覧板を持ってきた近所の人が父に向かって言った。
「いまどき、住み込みの人を見つけるなんて、お宅はほんとに運がいいわね」
父は黙って頷いている。
耳が遠いから、聞えていないのかもしれない。
「バラを切ってあげなさい」
父が私に言う。
私は花鋏を持って庭に出る。
モッコウバラは、バラの原種に近い。
一重の白い花弁が、はらはらと私の腕に散りかかる。
花をどうにかきれいにまとめ、私は近所の人に渡す。
お礼を何度も口にして、帰って行く後ろ姿を父は黙って見ている。
「おかあさんは帰りが遅いな」
父の言葉の意味を、私はすぐには理解できなかった。
わかっても、今度は何と返事してよいのか、途方に暮れた。
「バラ、きれいですね」
「そうだな」
「そろそろ風呂でもわかしましょう」
私たちは暗くなり始めた居間に戻って行く。