Novel(百物語)
02ten

チューリップ

「チューリップが咲き始めました。
昨年の秋、市の広報紙にのせた私たちのお願いにご協力くださいまして、本当にありがとうございました。
球根代をプレゼントしていただいたおかげで、チューリップ祭りは成功しそうです。
ぜひ、ご覧いただけたらと生徒一同、お待ちしております。
農業高校は三月の最終週、校庭、中庭を市民の皆さんに開放しています。二組 前田」
昨日、私の携帯に、一通のメールが届いていました。
送り先は、市内のはずれにある農業高校。
前田さんは女の子なのか、男の子なのか、最後までわかりませんでした。
でも、何回かもらった前田さんからのメールで、私の辛さは少し減りました。
まだ満開のチューリップは見ていないけれど、高校の庭いっぱいに咲くチューリップを私は想像しました。
私が申し込んだのは赤いチューリップ。
ぜひ、赤いチューリップのところから見ることにしましょう。

昨年、私は大切な店を失いました。
それまで築いてきたものもたくさん失いました。
生活のために朝から晩まで働くおかげで、自暴自棄になることはありませんでした。
泣いている暇さえなかったのです。
でも、私自身はどこかぼんやりしていました。
自分が辛いのかどうかさえ、わからなくなっていました。

そんなときです。
市の広報紙に、農業高校からのお知らせが載っていました。
農業高校はこれまでも、花で学校を飾っていたようですが、新しい企画を立て、市民からの寄付を募っていました。
学校に千円寄付すると、学校がチューリップの球根を買い、育てるというのです。
そして、春に学校をチューリップでいっぱいにして、市民に開放し、お花畑を味わってもらおうというものでした。
生徒からのメッセージに、私の目が留まりました。
「嬉しかったことのある人はぜひ、その気持ちを花に託してください。
辛かった人は、悲しみをチューリップに変えてください。
私たちが皆さんの気持ちを大切にします。
来年の春を楽しみにしてください。
ぜひ、ご寄付をお願いします」

私は花が好きでした。
お財布に十円玉しか残っていない若い時でも、一輪ざしに花を飾りました。
鉢植えも好きでしたが、切り花もよく買いました。
店にも、いつも花がありました。
それなのに、店を失ってからは、私は花を買うことをしなくなりました。
花を一本買うくらいのお金はあったはずですが。

農業高校の生徒のメッセージは、私の心に沁みました。
広報紙にのっていた農業高校のメールアドレスに、私は寄付の申し込みをしました。
そしてすぐに、最初のメールが届いたのです。
球根を植えた植木鉢の写真がついていました。
私の名前のシールが、鉢に張ってありました。
「ご寄付、ありがとうございました。
さっそく、赤いチューリップの球根を植えました。
鉢には二個植えました。
幸せなら二倍に、辛いことだったら二つに分かれて減るように、と考えました。
それ以外の球根は、地面に植えてあります。二組 前田」
前田さんは、今時の女子高校生なのだろうか、それとも腰パンの男子高校生なのだろうか、と私は想像しました。
先生に、文面を作ってもらっているのかもしれません。
ただ、そんなことがどうでもいいと思えるくらい、私の心のどこかに、嬉しさが育っていました。

次のメールは、球根から芽が出たときでした。
「なかなかメールを出せなくてすみません。二組前田」
とありました。
芽を出せなくて、と私は読んでしまい、思わず笑ってしまいました。
預かった球根を育てるのは、かなりの緊張感があるに違いありません。
私の球根を大切にしてくれている二組の前田さんたちに、私は心からありがとうという気持ちになりました。

三度目のメールには、写真はついていませんでした。
「合計一万個の球根を植えました!!
みんなで、すごい!!と興奮しました。
ほとんどのチューリップが元気に育っています。
楽しみにしてもらうため、今回は写真は添付しません。
チューリップ祭りのときは、必ず連絡をします。
ただ、本当に花が咲くか、心配になるときもあります。二組 前田」
私の担当は最後まで二組の前田さんでした。
返信しようと思いながらも、結局私は、前田さんに連絡をすることはありませんでした。

今週の週末、私は農業高校に行くつもりです。
天気予報を調べたら、週末は晴天とのことでした。
前田さんのおかげです。