Novel(百物語)
02ten

からすうり

俊子さんはむくれていた。

「からすうりや彼岸花はどうかしら」
せっかく意見を聞かれたから、真剣に答えたのに。
みんなは笑うばかりだった。
「また冗談言って」
「まったく、この家は面白いやつばかりだね」
「おじいちゃんは、とんでもない土地を買ってしまうし、としこさんはからすうりだなんて笑わせるし」

一顧だにされないとは、こういうことなんだわと、俊子さんは悔しい。
からすうりの実の夕焼け色にしても、彼岸花の色にしろ、これぞ秋といえるじゃない。
庭にそんな色があったら、さぞかし素敵にちがいない。
とんでもない土地を買ったおじいちゃんと、一緒にしないでよ。
俊子さんはふくれている。

「おねえさん、焼きりんご、まだ?」
「おねえさんの焼きりんごは最高だよね。
俺、あんなおいしいもの、これまで食べたことなかった」
夫の一番下の弟の俊夫が、台所にやってきた。
よくまあぬけぬけと、とは思うものの、同じ字を名前に持つこの義弟は、なんとなく憎めない。

「なんでからすうりがいけないのかしら。
そりゃ、わざわざ植えるものじゃないかもしれないけど」
「ねえさんはきれいなものが好きだけど、うちの連中にはわかんないのさ。
静物画にはよくあるもんね、からすうり。」
オーブンの中をのぞきながら、俊夫は言う。
そうなのだ、からすうりのあの色を分かってくれるだけ、この口のうまい義弟は感受性がある、と俊子は思う。
もちろん、早く焼きりんごを食べたいだけだろうけど。

「でもね、ねえさん、あれ、臭いんだよ」
「えっ、ほんと?」
「俺が小学校の頃は、このあたりの崖にもあってね。
よく取ってたよ。熟れたのを投げつけると、臭いのなんの」
「ひどい。おこられない?」
「そりゃ怒るさ、投げつけられたやつはね。帰ったら母親は怒るだろうし」
そう言えば、この義弟は小さい時、相当のいたずら者だったらしい。
夫は、あいつに比べれば自分はいい子だったと自慢していた。
「女の子が椅子に座る直前に、からすうりを椅子に置くんだよ。
ぐちゃっとふんづけて、女の子は泣くし、大騒ぎさ」
俊子は、呆れて義弟の顔を眺める。
自分の小学生の頃、こんな奴がそばにいなくてよかったと心から思う。
とんでもない小学生も、三十歳を過ぎれば、少しはましになるらしい。

家のすぐそばの、私道にしかならないような狭い土地を、誰にも相談もせず、買ってしまった舅。
どうにもなりそうもない、草ぼうぼうのその土地を、怒りもしないで、楽しそうに耕す私の夫や弟たち。
この家のひとたちは、一体何なんだ。
俊子は呆れ、あげくには感心しそうになる。
息子三人、土日返上で土地を耕し、ごみを集め、軽トラックで捨てに行く。
「おやじは頭おかしくなったんじゃない?」
そういいながらも、何だか楽しそうに働く中年の息子たち。
いや、感心なんかしてはいられない。
この家に俊子しか女性はおらず、その結果、全員の食事の用意をさせられる。
料理は嫌いじゃないが、土日の予定はふっとんでしまった。

畑にしようか、庭にしようか、その相談で聞かれたから、からすうりと答えたのに。

「俊夫さんは結婚しないの?」
「結婚しないんじゃなくて、ひとりを選ぶと、残りの人たちが悲しむんじゃないかって。
なかなか決断できなくてねえ」
俊子は、ぬけぬけと答える義弟に返す言葉もない。
ただ、ここまで言われると、義弟にたくさんの恋人がいるようにも思えてくる。
案外、優しい人かもしれない。
「いるんだったら、今日みたいな日は、あたしの代わりに手伝ってくれればいいのに」
「そりゃあ無理だよ。
お姉さんのそばにいたら、自信なくしちゃうじゃないか。
結婚したら、これくらいできなきゃいけないのかって」
怒ろうにも、俊子の顔が自然に、にこにこしてしまう。
ほんと、これだから、たくさんの恋人ができるんだ。
その結果、結婚できないにちがいない。
まったく詐欺師よね。
「ねえ、焼きりんご、もういいんじゃない?」
「はいはい、いくらでも召し上がれ」
俊子は台所を出た。

小学生の頃、からすうりをお尻でふんづけて泣くような、とんでもないことにも出あわなかった。
年頃になった時、「大好き、死ぬほど好き」と追いかけてくれる人にも出会わなかった。
同じ建築事務所で働いていた今の夫が、あまりにひどい恰好をしてくるから、二、三回アドバイスをした。
いつのまにか、結婚する羽目になってしまった。
まったく自分は、何と淡々と人生を送ってきたことだろう。

からすうりと彼岸花、こっそり植えることにしよう。
人生が淡泊なら、せめて、とんでもない庭くらい作ってみよう。