Novel(百物語)
02ten

穂先の花

人を憎んでしまう時、みんな、どんなふうにしてその気持ちを消すんだろう。
あたしは思いつかない。
困っている。
憎むのがいけないことくらい、あたしだってわかっている。
でも、消えない。
苦しい。
わざわざ遠くまで、おいしいお菓子を買いに行ったり、ボーナスを奮発して洋服を買ってみたり、映画を見たりしたけど、おなかにたまったもやもやは、やっぱり消えない。
上生菓子も、スイーツも、その瞬間はすごくおいしくて、あたしも幸せになる。
「これで大丈夫」と、あたしも安心する。
でも夜になって、嫌な気持ちがまだまだ残っていることに気付くと、がっかりする。

お菓子や洋服で嫌な気持ちが消えていないとわかると、使ったお金が、すごくもったいない気持ちになる。
そして、そんなことをいじいじ考えている自分に、腹が立つ。
テレビを見ても、新聞を読んでも、散歩しても、どこかに残っている。
「なぜ、あんな人と仕事しなくちゃいけないんだろう」という気持ちと、「あたしも馬鹿みたい」という気持ちが重なって、あたしはどうしていいかわからなくなる。
くだらないことで落ち込んでいる。
もちろん、仕事はしてます。
一番きらいな奴と。

「絶対咲かない花ってありますよね。」
飲んでいる時、突然後輩のひとりが言った。
今夜は打ち上げだ。
後輩を三人連れて行った。
経費で落とせるはずもなく、あーあ、ボーナスの残りがまた減るよ、と私は心の中で愚痴を言う。

近頃の女の子はよく飲むなあと、私は感心する。
以前は私もずいぶん飲んでいたはずだが、ビールの大ジョッキ一杯で、もうじゅうぶんだ。
さっさとご飯に焼き魚、辛子明太子を注文し、私ひとりが夕食だ。
後輩たちはまだ、ビールなのに。
「咲かない花?」
私は意味がわからず、オウム返しに聞いた。
「ほら、グラジオラスとか金魚草の先っぽのつぼみ、先輩は咲いたの、見たことあります?」
「あれって、もともと咲かないんですか」
「そんなこと言われても知らないわよ」
ご飯をあわてて飲み込んで、私は答える。
「私、リンドウが全部咲いたの、見たことない。」
隣から低い声がする。
酔っ払っているわけでもないが、この後輩は、妙に落ち着いている。
あまり失敗しないから、仕事上は楽させてもらっている。
飲み会でも、あまり楽しそうな顔はしない。
しかし、つまらなそうでもない。
こういう子は、いったい何が好きなのだろうかと考えながら、私は冷奴とモズクを頼む。
向かいの二人は、もう別の話で盛り上がっている。

「穂先の花かあ」
私は思わずつぶやく。
つぼみのまま。
色も淡い。
「でも、あれがないとしまらないですよね」
隣の後輩が言う。
「全部咲かなくてもいいのかもしれない。華やかでもないけれど」
「ねえ食べないの?」
私はだんだん気になってくる。
私の冷奴を少しつまんでいるだけの後輩が。
「いや、飲むだけでいいです」
「体に悪いから食べなさい。ほら、これもあげるから」

そう、あんたたちのおかげで、あたしは少し元気になったのよ。
自分が持っている嫌な感情って、花の穂先だと思えばいい。
花咲くこともない。
きれいな色でもない。
でもきっと、花には必要なんだろうね。
あの部分がないと、たしかにしまらない。
あってもいいんだね、憎むような感情も。
きっと。
優しい感情、幸せな感情、そういうものだけであたしが毎日生きているわけじゃない。
「あんなやつ駄目になってしまえばいいのに」
そんな感情は、花開きさえしなければいい。
つぼみのままでいてくれればそれでいい。
「先輩、これ頼んでいいですか?」
「わたしデザートにします」
よく食べる後輩にうなずき、財布の中身を気にして、あたしは泣き笑いになる。
明日は花屋にでも行ってこよう。
穂先の花でも探しに行こう。