Novel(百物語)
02ten

屋根の上のほうき

「ほうきが、のってたのよ、屋根の上に。
おどろいちゃった。」
「どこに?」
「だから、屋根の上」
「あなたの家の?」
「そう」
二人の女性が大声で話をしている。
おばあさんだから、耳が遠いのかもしれない。
「はさみが入っていたじゃない」
「どこに?」
「ほら、おなかの中。昨日ニュースで言ってた。」
「ああ、手術の時、忘れたんだってね。
怖いわねえ。あなた、手術したことあるの?」
「おかげさまでないの。あたしは風邪だってひかないんだから。」
「あら、ばかは風邪ひかないって言うわよ。」
ひとりの女性が、ぜんざいを食べ始める。
「あら、これ、おいしいわねえ。
何にも入っていないっていうから、期待しなかったけど。」
「お気に召してくださったようで、
ありがとうございます。」
ちょうどお茶のお代わりをもってきた店主は
笑顔でこたえる。
「あたたかい餡、そんなイメージで作っています。」
「本当。おいしいわねえ。」
「あたしも頼もうかな」

女性たちの会話はえんえんと続く。
俺には、女たちが年取っても元気なのが、わかるような気がする。
あれだけしゃべっていられるんだ。
一体、あのほうきはどうなったんだよ。
何で、おまえんちの屋根の上にあるんだよ。
なんで、あのばあさん、それが不思議じゃないんだろう。
いったん気になると、どうしようもない。
他のことを考えようとするが、少しも頭に入ってこない。
俺は何しに来たんだ。
「お茶のお代わりはいかがですか?」
店主にそう言われ、俺は思わずうなずいた。
そうだ、茶を飲みに来たんだ。

さんざん話し続け、
「お騒がせしました」
「うるさくてごめんなさいねえ、お兄さん」
おばあさんたちは俺にまで挨拶をして帰って行った。
「ほうきはどうなったんだ、ってお顔をしていらっしゃいますよ」
店主が俺に言った。
「わかりますか?
俺、そんなに顔に出るのかな」
店主は笑っている。
「ひとの話を盗み聞くというのは、楽しいものですよ。
聞かれたくないのなら、小さな声で話しますから。
お客様は、いいところをお聞きにならなかったでしょう。
私は十分楽しませていただきました。」

俺は、気になったほうきの話を、最後まで聞いて安心した。
感想を言えば、簡単な話だった。
家の前の道で、近所に住む女性が二人、立ち話をした。
一人が何気なく目をあげると、狭い道の向かいの家、その屋根の上に立派な庭ぼうきが一本のっている。
「ねえ、水野さん、ほうきが見えない?」
「何?箒?どこ?」
「ほら、あそこ、屋根の上。」
「あらあ、よくおちないもんね。」
そんな会話の後、立ち話をしていた女性たちは、
知り合いだった、その家のインターホンを押した。
立派な庭ぼうきが、なぜ、屋根の上にあったのか。
理由は簡単、置き忘れたのだった。
誰が?
植木屋。
庭の植木の剪定をし、屋根につもった落ち葉を掃いたあと、落ち葉は片付け、箒は落ち葉の代わりに置いていってしまったらしい。
「植木屋さんが来たのは、一ヶ月前のことだったそうなんですよ。
つまり、箒は一ヶ月も屋根の上にあったんです。
よくまあ、落ちなかったもんだって、先ほどのお客様も感心していらっしゃいましたよ。」
「途中で、お父さんがどうのって言ってませんでしたか?」
「あら、案外聞いていらっしゃったんですね。」
店主が笑った。
「そんなことはありません。聞こえたんです」
俺はあわてて弁解した。
「植木屋さんを雇ったのは、初めてらしいんです。
それまではご主人が剪定していらしたそうで。
お年になって、奥様が心配なさって。
脚立をかけてでしょう?
確かに心配なさいますよねえ。
でも、あれだったらお父さんに頼んだほうが良かったって、おっしゃっていらしたんです。」
「梯子から落ちても、ですか?」
「さあ、そこは聞こえませんでしたが」

俺もようやく落ち着いた。
茶だけでなく、ぜんざいも食べてしまった。
あのおばあさんたちとおんなじだ。