Novel(百物語)
02ten

スパイダーバッグ

家族で、買い物に出かけた。

妻と子どもたちをモールの入り口で降ろし、
私は、空いている駐車場を探す。
誘導してくれる係員がいないので、
広い駐車場で、私はきょろきょろしながら運転する。
結局、空いているところは、屋上しかないことに気付く。
ところが、上がってみると、そこもいっぱいだった。
広い屋上をぐるぐる廻り、ようやく、空いたスペースを見つけた。
駐車を終えて、座席を倒す。
家族は知っている。
私が買い物に付き合わないのを。
車に残り、山を見ながら過ごす。

ここは田舎だ。
モールは立派だが。
立派なモールがあること自体、
田舎町であることを証明している。
高い建物など、ひとつもない。
五階建の屋上からは、まわりの景色が一望できる。
山並みが見える。
私にはほっとする風景だ。

日本アルプスに囲まれて育ったせいか、山は、私の生活の必須要件だ。
仕事場は、どんな場所でもかまわない。
家が、会社から遠く離れていても、かまわない。
ただ、山が見えないと、つらい。
私のわがままに、付き合ってくれている妻には、感謝している。
それさえ許してくれるなら、あとは妻の言うことには、なるたけ協力しようと思ってきた。
そんな考え自体、わがままかもしれない。

車の中で、ぼんやりと物思いにふける。
水筒に入れてきた温かいコーヒーを飲む。
音楽はかけない。
子供たちにも妻にも笑われるが、
私は、車のエンジン音が一番好きだ。
運転しながら、車の出す音に耳を傾けるのが好きだ。
なぜ、それをかき消すような音楽をかけるのか、私にはわからない。
ただ、家族がいるときは、そんな主張はしない。
朝早く、ひとりでドライブしてきた。
「満タンにしておくから」と言って出かけたが、本当は違った。
ガソリンスタンドで、給油をしているのは確かだが、行きと帰りで二回ドライブができる。
短い距離でも、気持ちがいい。

座席を倒して、空を眺める。
先日、仕事で出会った若いデザイナーを思い出す。
面白い子だった。
彼女の作るウェブデザインは、素人の私でも、いいなあと感じさせる。
事業部長も、そう思うらしかった。
「あの子をうちの専属にしたいよな。他社にとられるかもしれんから。」
そう、あの子は、あと十年もしたら、価値が出るに違いない。

変わった子だ。
二十代ではないらしい。
だが、どうみても中学生だ。
色白の、まん丸の顔をしていて、しょっちゅう爪をかんでいる。
丈の長いワンピースを着ていて、頭陀袋をいつも持っている。
デザイン系の奴は、外見では、ぜったい才能の判断はできない。
いかにもデザイナーといった、スタイリッシュな奴ほど凡庸な仕事しかしない。
私みたいに、当たり前のサラリーマンには、それが不思議だ。
彼らはどこに、そんな力を隠し持っているのだろう。
ほんとに、あほか、と思うような奴がすごかったりする。
「みっちゃん」とみんなが呼ぶせいで、私は、彼女の姓を覚えられない。
かといって、さすがに「みっちゃん」とは呼べない。

いつだったか、「いつも長いドレスですね」と聞いたら「普通の長さなんですが、私の背が低いもので」と言われてしまった。
なぜ、いつもワンピースを着ているのか、聞きたかったのだが。
私の会話力では、無理だ。
ただ、彼女の頭陀袋は気になった。
昨日、意を決して聞いてみた。
また、ひと言で終わるかと思ったら、意外だった。
頭陀袋に関しては、みっちゃんは雄弁で、この私にすら、心を開いてくれたかのようだった。
「祖母の形見なんです。
これ、いいでしょう?
レース編みみたいに見えるけど、黒の木綿糸で編んであるんです。
昔はレース糸は高級品だったから、木綿糸の代用品も多かったそうです。
丈夫だし、私も気に入っているんです。」
まるで、その頭陀袋を、私に売りつけるセールスマンかのように、みっちゃんは話し続ける。
頭陀袋がいいとも思わないし、単に気になったとも言えなくて、私は、ただただ彼女の言葉にうなずくだけだった。
若い女の子が持つバッグとは、到底思えない、とは言えなかった。
案外、私は、小心者にちがいない。
私は、彼女の頭陀袋への情熱に、水をさすことはできなかった。
「うちは、洋服や雑貨に、名前をつけるくせがあるんです。
例えば、小さいころ、タートルネックのセーター、パンツ。
それが黒で統一されていると、愚連隊とかね。
これは、クモの巣バッグだったり、スパイダーマンってよばれていました。
どうしてもほしくて、祖母に小さいときから、私が予約していたんです。
「おばあちゃんが死んだら、ちょうだい」って。
母からはずいぶん叱られましたが、なぜ怒られるのか、わかりませんでした。
祖母はにこにこ笑っていましたから。」

みっちゃんには興味はないが、頭陀袋は、気になる。
何故だろう。
頭陀袋は、レース編みみたいなもんだから、中身が落ちそうだ。
どうも、私にはそれが気になるのだ。
なぜ、彼女は気にならないのだろう。
穴は、けっこう大きい。
絶対、袋の中のものは落ちるはずだ。
みっちゃんは、落としても気づかないのかもしれない。
私は何ごとも、落とさないように気をつけるタイプなのかもしれない。
みっちゃんは、落としてしまったら、諦めるタイプなのだろうか?

馬鹿みたいに、私は、翌日、彼女のデスクに行って聞いてみた。
「スパイダーバッグから、ものが落ちないの?」
みっちゃんは、パソコンの画面を見つめていたが、きちんとこちらに向き直って、私の顔を見た。
「穂高さんって、えらいですよね。」
「何が?
おれっておかしいかな。
ものが落ちないか、それが俺は気になるんだけどね。」
「穂高さんは、奥さんのバッグ、みたことないでしょ」
みっちゃんは、やたらに長いワンピースが床に触っているのを持ち上げて、そういった。
「女の人って、バッグの中にまた、バッグが入っているんですよ。
巾着みたいなものもあるし、ファスナーのついたポーチもあるし。
男の人から見たら、なんであんなにバッグがいるのかと思うかもしれないけど。
女の人は入れ子の構造がすきなんです。」

そういえば、今回のわが社のコマーシャル、俺にはなんだかよくわかんないやつだった。
でも、巷では好評のようだ。
たしか、あれもみっちゃんか?
みっちゃんの長いドレスの中には、何人のみっちゃんがいるのだろう。

買い物に一緒に行くと言ったら、妻はどんな顔をするのだろう。
嫌がるだろうか。
買い物じゃなくて、妻のバッグを眺めてみたいと言ったら、怒られるかもしれない。