地下鉄
「この電車はこの駅止まりです。
お客様は、お降りください。」
車内アナウンスが流れる。
乗客は降りていく。
歩いて、エスカレーターに向かう人は少ない。
皆、ホームに立ち、次の電車を待っている。
ベンチに座り、マンガを読む人、居眠りする人。
電車の中を、若い駅員が走る。
寝ている客を起こしている。
チェックが終わると、無人の電車は扉が閉まり、
走り去る。
ゴオーという音を残して。
俺は、電車が去っていくのを眺める。
トンネルの中に、電車が消えていく。
この唸り声を聞くのは、久しぶりだ。
地下鉄で、電車を降りることはあっても、
電車を見送ることは少ない。
電車は、トンネルの中に消えたのではない。
地下鉄の駅自体、トンネルの中であることに、俺は気づく。
洋二。
一昨日、死んだ洋二。
「もう少し、もう少し頑張る。」
そう言いながら、あいつは、とうとう消えてしまった。
あの電車は洋二だ。
俺も、お前のそばにいたのに。
お前という電車から、降ろされてしまった。
降りたのは、俺だけではない。
葬式に来ていた、あの人達もそうだ。
ただ、多くのやつは、ホームにいる人たちと一緒だ。
降りた電車のことなど、気にしたこともない。
洋二が死んだことも、もう頭の片隅にしかない。
皆の頭の中にあるのは、あいつが、有名な財閥の直系ということだけだ。
仕入れたばかりの情報を、早く誰かに広めたい、
そんな気持ちが顔に出ているやつばかりだ。
確かに、日本中のだれもが知っている財閥なのだから、当然かもしれない。
でも、あいつはそこから飛び出た奴なのだ。
そんな奴だからこそ付き合った人間は、どれだけいたのだろう。
残念ながら、俺は見つけることはできなかった。
数人の人間が、あいつの小さな出版社のことを話し、名刺交換をしていた。
去って行った電車のことなど、誰も気にしていない。
ゴオーと唸り声はしているのに。
洋二、おまえは、
もうずいぶん前に死んでたんだよな。
「この世を見捨てた」、とおまえは言ったけれど、
そうじゃない、おまえは自分を見捨てたんだ。
たぶん、何かしたい、という気持ちが失せてしまったんだろうな。
「そういうときだってあるさ、がんばって生きられないときもあるさ。」
そう言いたかった、おまえに。
でもな、なぜか言えなかった。
黙ってお前を見ていた。
病気になっていくお前を、俺はひきとめようともしなかった。
なんだかいたたまれなくなって、俺は、階段を駆け上がった。
改札を抜けた。
もう一回、階段を上る。
また、階段がある。
なんど上っただろう。
やっと、地上に出た。
地下鉄は不思議だ。
突然、そこには普通の町が広がる。
鉄道の立派な駅と違い、地下鉄は勝手口のような平凡さだ。
地中から出てきたモグラはこんな気持ちか。
俺は、ありふれた町並みの中に、トンネルから消えた地下鉄を探す。
洋二をこの世でさがすかのように。
。