Novel(百物語)
02ten

学校の正体

古いアパート群が取り壊され、高層マンションが建った。
一階に大型スーパーが入った。
焼きたてパン屋の一角が、洒落たカフェになった。
そこのカウンターに座り、コーヒーを飲む。

向かいに見えるのは、私の子どもたちが卒業した小学校。
理科室、家庭科室、視聴覚室。
職員室、音楽室。
見上げると体育館。

保護者として、何度も行った学校だ。
でも、「わたしの学校」ではない。
当たり前のことかもしれないが、不思議だ。

一年生から六年生まで、
どの教室も行ったことがある。
職員室、何回も出入りした。
体育館、さまざまな行事で使った。
体育館の倉庫も、よく知っている。
マットの数も知っている。
どんなによく学校のことを知っていても、わたしの小学校ではない。
きっと、私の子どもは、あの学校のにおいを知っている。
私が、自分が卒業した学校のにおいを知っているように。

私の小学校は、妙な形をしていた。
古いコンクリートの校舎。
途中ですぱっと切れている。
そう、半分食べてしまったロールケーキみたいに。
その横に、新しい校舎が建っていた。
敷地が足りなかったのかもしれない。

職員室は、古い校舎の端にあった。
古い校舎は、どこも暗かった。
暗い職員室から出ると、廊下が急に途切れ、青い空が見える。
職員室の掃除を担当するこどもたちは、バケツの水を廊下から地面にぶちまけた。
まるで、船の甲板掃除をしているかのように。

新しい校舎の一階には、保健室があった。
二つの校舎は同じ方向に建っているのだが、
保健室のある校舎は、明るい。
太陽が、片方だけに向いているかのようだった。
きっと、おひさまも好き嫌いがあるのだろう。
五、六年生になると、係があって、保健委員もいた。
明るい保健室は、子どもたちのたまり場だ。
白いシーツのベッドに寝るのは、気持ちがいい。
頭なんか痛くないのに、子どもたちは保健室にやってくる。
事情が分かっている保健室の先生は、子どもたちを追い出してしまう。
「病気の人だけですよ。さあ、外で遊んでいらっしゃい。」

カフェのテーブルに肘をつき、学校を見上げる。
小学校は、子どもたちの場所なんだ。
先生も親たちも、学校という建物の中にはいるけれど、先生のための場所ではない。
今頃になって、よくわかる。
学校は先生がいるところ、勉強しなくてはいけないところ、いやでも行かなくてはいけないところ。
子どもの時は、そう思っていた。
先生が、「明日から夏休みです」と言うから、学校に行かなくてもいいんだと思っていた。
休みは嬉しかった。
あの頃、学校は自分たちの場所なんだと知っていたらよかったのに。
そうしたら、もっと自分の学校のにおいを感じられたのに。

子どもがいなくなったら、いくら先生がいたところで学校ではなくなってしまうのだ。
どうしてそんなことがわからなかったのだろう。
学校の統廃合という言葉を身近に感じるまで、理解できなかった。
学校のにおいは、子どもしか知らない。