Novel(百物語)
02ten

パン屋の二階

パン屋の二階が、カフェになった。

一階で買い物をし、階段を上る。
二階で食べる。
窓際に大きなテーブルがある。
椅子が並んでいる。

飲み物は、小さな冷蔵庫に入っている。
ミルクか、りんごジュース。
テーブルに載っている、やかんの麦茶。
従業員の休憩所、そんな感じ。
「カフェなんて、恥ずかしくていえないよ。」
店主が言うのも、うなずける。
だから、どこにも、カフェとは書いていない。

パンは二階で食べられます。
こう書いてある。
レジの脇に。
両親の世話をするために、実家に通う。
その折の、私のお昼ごはんの場所。
いいところが見つかって、幸せ。

年取った両親の食事は、朝夕二食。
さすがに、私はそれではもたない。
かといって、二人の前で食べるのは気が引けた。

子供時代を過ごした町といっても、
三十年もたてば、面影はほとんどない。
ここで過ごした日々は、たかだか八年。
私は浦島太郎だ。
通ったはずの学校の通学路さえ忘れている。

実家の近くで買い物をしているうちに、パン屋を見つけた。
パン屋といっても、パン工場にしか見えない。
焼きあがったパンの余熱をとる棚が並んでいるだけ。
フランスパンと食パン、ロールパン。
遠くから、客が来る。
喫茶店の人、ホテルの人、レストランの人。
フランスパン五本、食パン三本。
そんな感じで買っていく。

ロールパンに、チーズやジャムを挟んでくれる。
それが、ここの食事パン。
「食事パン、三つね。」
客がそういうと、レジのおばあさんは
近くの棚から、ジャムの瓶をとりだす。
冷蔵庫から、チーズを取り出す。
焼きたてのロールパンに、それぞれをたっぷりはさむ。
あんまりおいしそうで、しげしげと眺めていたら、
「食べるかい?」
おばあさんが言った。
思わず頷いた。

何度も見かけて、気づいていたのだ。
ジャムは数種類あること。
手作りらしく、季節の物ばかりだった。
チーズも、その日によって、種類が違った。
「ジャムは、何種類あるんですか?」
つい、訊ねてしまった。
「そうだねえ。五種類くらいかね。
足りなくなるといけないからね。
ちょこちょこ作り置きしてるんだよ。」
おばあさんは、私のために食事パンを作っている。
その手を、止めることはない。
「みなさん、食べる暇なんかないだろ?
帰ったら、仕事だよ。
だったら、うちで少し休んでいきなって。」

窓から見える風景。
特別なものは、何もない。
家の屋根、わずかな木。
空が見える。
少しだけ。

それでも、晴れた日の青い空、曇り空、ざあざあ降り、全部を感じることができる。
パンを口に運びながら、私はありきたりの光景を眺める。
ありきたりの人生には、落ち着くひととき。