Novel(百物語)
02ten

林の中

いいキャンプ場があるから、みんなで行かない?
友達に誘われて、キーボードをたたく指が弾んだ
まだ、火曜日
週末まで、まだ長い
あああ
一週間は長いなあ
そう思って、ぐたぐた仕事をしていたのに
急にしゃんとなった
猫背になっていた体の
背筋がのびた
百メートルを走るような気持ちで
水、木、金と過ごした
友達と一緒に来るという、あの人と会えるから

枯れ葉を踏みしめて歩く
遠くに、ススキが銀の波になって揺れている

まだ時間はあるから
設営はあとにして
ゆっくり過ごそう
友達の言葉で
みんな思い思いに過ごす
私はひとりで、林の中を散歩する
ドングリを見つけた

男の子が歩いている
木切れを拾っては、遠くに投げる
後ろを小さな女の子が追いかける
男の子だって、小さいのだが
女の子は、もっと小さい
自分が巨人になった気分
遠くに行っちゃだめよ
母親らしい声が後ろから聞こえる

振り返ると、若い両親は
テント設営に一生懸命だ

はあい
男の子が返事する
はああい
女の子が真似をする

なんだか、その家族の空気に
入ってはいけないような気がした
ここは、みんなのキャンプ場なんだけど

そっと、男の子から離れる
林の奥に入っていく

あの人がいた
ディレクターチェアーに座って
こちらを向いている
私に気がついたのか
手を振ってくれた

嬉しかった
些細なことだけど
私を覚えてくれているんだ
そんなに嫌いじゃないのかもしれない

手を振り返し
それだけでは足りないような気がして
私は、お辞儀までしてしまった
なんだかへん
あの人は、笑っている
私も笑う
でも、あの人のところに行く勇気はない
友達と一緒ならよかったのに

「危ないぞお」
あの人が、大きい声をだす
振り返ると
さっきの男の子が、藪の中に入って行くところだ
「そこはなあ
沼になっているんだ
あんまり奥には行くなよ」
男の子は、彼のほうを見て、うなずく
「妹、連れて行ったら、だめだぞう」

大きな声をだす彼を、私は眺める
なんだか、家族のよう
テントの設営をしていた、あの男の子の若い両親のよう

「ありがとうございます」
父親らしい男が、走ってくる
「ご挨拶はしたのか」
子供に聞いている
男の子は、真面目な顔をして頷く
「えらい兄ちゃんだなあ」
彼は、にこにこ笑っている
私も、つられて笑う

林には、木漏れ日
さんさんとした太陽よりも、気持ちいい

もうひとつ、ドングリを見つけた