Novel(百物語)
02ten

河原

帰宅して、テレビをつける。
着替えながら、冷蔵庫を開けながら、画面をちらちら眺める。
ドラマやニュースを見ているわけではない。
番組の合間ばかりを、目で追っている。
亮二の作ったコマーシャルが気になる。
テレビをつければ、亮二に会えるかもしれない。

亮二は、コマーシャルディレクターになったらしい。
久しぶりに出かけた同窓会は、亮二の話題ばかりだった。
それも、けっこう有名な。
うそ!といいたくなる。
が、みんなが口にしているから、本当なのだろう。
皆が、亮二のことを自慢するのが、なんとなく腹立たしかった。
嫉妬なのかもしれない。
涼子はそう思う。
仕事が、以前ほどうまくいっていないから。
それだったら、同窓会の場に、行かなければいいのだ。

ようやく、涼子が心待ちにしていた画面になった。
田舎の中学校。
教師の声。
生徒たちの騒ぐ声が聞こえる。
風に乗って。

河原が画面に映る。
山が間近にせまる。
木々の緑は濃い。
車道からそれて、急な坂道が川に向かう。

簡単な橋がかかっている。
欄干も何もない。
ただの板状の橋。
川に飛び込める。
小学生でも、きっと怖くない。
水量は少ない。

制服を着た男の子と女の子。
女の子は、とびぬけて可愛い。
ふたり、坂道を駆け下りる。
橋の真ん中で、男の子はズボンを脱ぎ、開襟シャツも脱ぎ棄てる。
ポンと川に飛び降りる。

女の子は、橋を渡らない。
坂道をそのまま、河原に降りていく。

ふたりは別々に、川で遊んでいる。
ふたりの周りには、たくさんのトンボ。
トンボは水面すれすれを、軽やかに飛んでいく。

蝉の鳴き声がにぎやかだ。
学校のチャイムが、かすかに聞こえる。
遊んでいたはずの、男の子の姿が消えた。

女の子は、河原の石を拾う。
ひとつ拾っては、ひとつ捨てる。
最後に、こぶし大の赤い石を拾った。
水辺から離れたひなたに置く。

遠くに見える男の子。
折りたたみ椅子をわきに抱えて。
走る、走る。
坂道を駆け抜ける。

川の真ん中に、男の子は立って、椅子を開く。
女の子の名前を呼ぶ。
女の子はゆっくり歩いてくる。
スチールの椅子に、女の子は座る。
川の水は浅い。
足首の先くらい。
座って、女の子は川面を眺める。
遠くの山を眺める。

「あっ、勝手に使ってる」
涼子はつぶやいた。

椅子のもっと先の河原で、男の子は石を投げて遊ぶ。
いつの間にか、また、川の中。

女の子の足をカメラが追う。
ほっそりとしたくるぶしの周りを、小さな小さな魚が泳ぐ。
群れを作って泳ぐ。
別の小さな魚が通り過ぎる。
水の中の小石、小さな魚、女の子のきれいな足。
光が反射する。

画面が変わって、ジュースの缶が川の中に。
コクコクとおいしそうに飲む音だけがする。

亮二、なによ。
このジュースだけじゃない。
あんたが付け足したのは。
画面に向かって、涼子は悪態をつく。

いやあ、あの子、めちゃくちゃ可愛いだろ。
そこがお前との大きな違いだよ。
亮二なら言いそうだ。
たしかにね。
あたしは女子柔道部の主将。
ひょろひょろの卓球部員のあんたより強かったからね。
あたしは、あんたが持ってきてくれた椅子に座ったけど、河原の石投げはあんたより飛んだし。

四十近い亮二なんて、想像もつかない。
私たちの中学校は、ジュースなんて売ってはいなかった。
だから、これは私たちの夢。
足首まで川につかって、ジュースを飲むのは。