河原
帰宅して、テレビをつける。
着替えながら、冷蔵庫を開けながら、画面をちらちら眺める。
ドラマやニュースを見ているわけではない。
番組の合間ばかりを、目で追っている。
亮二の作ったコマーシャルが気になる。
テレビをつければ、亮二に会えるかもしれない。
亮二は、コマーシャルディレクターになったらしい。
久しぶりに出かけた同窓会は、亮二の話題ばかりだった。
それも、けっこう有名な。
うそ!といいたくなる。
が、みんなが口にしているから、本当なのだろう。
皆が、亮二のことを自慢するのが、なんとなく腹立たしかった。
嫉妬なのかもしれない。
涼子はそう思う。
仕事が、以前ほどうまくいっていないから。
それだったら、同窓会の場に、行かなければいいのだ。
ようやく、涼子が心待ちにしていた画面になった。
田舎の中学校。
教師の声。
生徒たちの騒ぐ声が聞こえる。
風に乗って。
河原が画面に映る。
山が間近にせまる。
木々の緑は濃い。
車道からそれて、急な坂道が川に向かう。
簡単な橋がかかっている。
欄干も何もない。
ただの板状の橋。
川に飛び込める。
小学生でも、きっと怖くない。
水量は少ない。
制服を着た男の子と女の子。
女の子は、とびぬけて可愛い。
ふたり、坂道を駆け下りる。
橋の真ん中で、男の子はズボンを脱ぎ、開襟シャツも脱ぎ棄てる。
ポンと川に飛び降りる。
女の子は、橋を渡らない。
坂道をそのまま、河原に降りていく。
ふたりは別々に、川で遊んでいる。
ふたりの周りには、たくさんのトンボ。
トンボは水面すれすれを、軽やかに飛んでいく。
蝉の鳴き声がにぎやかだ。
学校のチャイムが、かすかに聞こえる。
遊んでいたはずの、男の子の姿が消えた。
女の子は、河原の石を拾う。
ひとつ拾っては、ひとつ捨てる。
最後に、こぶし大の赤い石を拾った。
水辺から離れたひなたに置く。
遠くに見える男の子。
折りたたみ椅子をわきに抱えて。
走る、走る。
坂道を駆け抜ける。
川の真ん中に、男の子は立って、椅子を開く。
女の子の名前を呼ぶ。
女の子はゆっくり歩いてくる。
スチールの椅子に、女の子は座る。
川の水は浅い。
足首の先くらい。
座って、女の子は川面を眺める。
遠くの山を眺める。
「あっ、勝手に使ってる」
涼子はつぶやいた。
椅子のもっと先の河原で、男の子は石を投げて遊ぶ。
いつの間にか、また、川の中。
女の子の足をカメラが追う。
ほっそりとしたくるぶしの周りを、小さな小さな魚が泳ぐ。
群れを作って泳ぐ。
別の小さな魚が通り過ぎる。
水の中の小石、小さな魚、女の子のきれいな足。
光が反射する。
画面が変わって、ジュースの缶が川の中に。
コクコクとおいしそうに飲む音だけがする。
亮二、なによ。
このジュースだけじゃない。
あんたが付け足したのは。
画面に向かって、涼子は悪態をつく。
いやあ、あの子、めちゃくちゃ可愛いだろ。
そこがお前との大きな違いだよ。
亮二なら言いそうだ。
たしかにね。
あたしは女子柔道部の主将。
ひょろひょろの卓球部員のあんたより強かったからね。
あたしは、あんたが持ってきてくれた椅子に座ったけど、河原の石投げはあんたより飛んだし。
四十近い亮二なんて、想像もつかない。
私たちの中学校は、ジュースなんて売ってはいなかった。
だから、これは私たちの夢。
足首まで川につかって、ジュースを飲むのは。