Novel(百物語)
02ten

菊作り

秋晴れの日が続きます。
シャツ一枚で過ごせるなんて、最高に気持ちがいい。
大気の中に、ほんのひと粒、冷気がまざっています。
昔の記憶をたどれば、そう、こんな時期でした、運動会は。
初物のみかんを食べました。
たくさん賞状をもらった子も、私のように何にももらえない子も、秋の日差しを浴びながらお弁当を食べました。
私の母は、海苔巻きを作ります。
運動会のお昼は、海苔巻きと決まっていました、我が家は。

そんなことを思い出しながら、家の近所を歩きます。
歩道に土が落ちています。
ちょうど、植木鉢一個分くらい。
アスファルトの上に落ちていると、土もごみのように見えます。
地面のうえにあるのだったら、見分けもつかないし、ごみと思うはずもないのですが。

マンションの前です、土が落ちていたのは。
誰かがプランターの花の入れ替えをしたのでしょうか。
それとも、プランターごとゴミに出してしまったのかもしれません。
植木鉢ごと捨てられている、枯れかかった観葉植物。
よく見る光景です。

マンションが建つ前、そこには小さな家がありました。
家の前には、いつも土が置いてありました。
でも、ごみではありません。
木の塀の前に、筵が敷いてあります。
おじいさんが、土を篩いにかけています。
横にはたくさんの菊の鉢。
秋には、素晴らしい菊が並びます。

おじいさんは、ほとんど一年かけて、菊作りをしています。
丁寧に土を篩っているときもありました。
枯れた菊の花を切っているときもありました。
植木鉢を洗っているときも。
いつもおじいさんはひとりでした。
静かです。
でも、寂しくは見えませんでした。
菊の花を育てていると言うよりは、これから咲く菊の花と静かに話をしているようでした。

菊人形、菊の品評会。
それまでの私は、大輪の菊を、実際に見たこともないのに、知りもしないくせに、あんなもの、人工っぽいよね、そんな印象でした。
いまでも、あまりその印象はかわりません、実を言うと。
おじいさんの菊はとってもきれいでした。
でも、私がもっと好きだったのは、おじいさんがていねいに篩っている土でした。

いや、違います。
土ではなくて、おじいさんが土を篩いにかけている、そのしぐさが好きでした。
筵の上に土がこんもり積もっていきます。
ふんわりしていて、さわってみたかった。

今日、あの店に行ったら、入り口に菊の鉢が置いてありました。
たぶんポットマムという品種。
黄色い花がたくさんついています。
おじいさんの菊に比べると、女優ひとりに対して、エキストラ何十人、そんな感じです。
かわいいエキストラです。

私以外に誰もいない店で、お茶を飲みました。
静かです。
こんなとき、私はあのおじいさんを思い出します。
篩いにかける、という言葉は、普通、選別という言葉を連想させます。
篩いに残ることが重要です。
私はあまり好きではありません。
ところが、おじいさんは全く逆のことをしていました。
篩いにかけられると、土は根っこや小石から自由になって、柔らかくなっていきます。
篩いの下にたまった土が重要でした。
本来は、上も下も関係ないのに。
私は、案外、金網の上ばかり見てきたのかもしれません。

自分にくっついてきたややこしいものを取り去ってくれる。
そんな篩があったらなあ。
自分の気持ちがふわふわになったらなあ。

「えっ、なにか?」
店主が、顔を出しました。
気づかぬうちに、私は声をだしていたみたいです。
「あっ、なにか甘いものでもほしいなあと思って。」
私は明るい声を出します。