Novel(百物語)
02ten

ばあさん、いや、水木さん

坂の多い町だった。
それだけではない。
細い道が突然行き止まりになる。
顔を上げると、3メートルほど上に別の道がある。
二つの道をつないでいるのは、梯子のような急な階段だった。
申し訳程度の手すりが、片方に一応はついていた。
いったい何なんだよ、家の中じゃあるまいし。
越してきた当初、俺はあきれかえった。
山の中ではなく、一等地ではないにしろ、都心であることは間違いない。
整然とした街路を期待はしていないが、ここまでめちゃくちゃな街並みがあるなんて信じられなかった。
階段に出会うと、俺はうんざりしながら、自転車を担いで石段を上った。
そろそろバイクを買おうかと考えていたが、あきらめた。
体力には自信があったが、バイクを担ぐのは無理だ。
おかげで出費は抑えられた。
水木さんに会ったのは、自転車を担いで階段を上っている時だった。
「おにいさん、元気がいいねえ。」
小さなばあさんが、俺の横をすりぬけていった。
自転車にぶつかったらどうするんだ、 死んじまうよ。
俺は小さなばあさんをつぶさないように、立ち止まった。
ばあさんの、灰色のまんじゅうみたいな小さな髷を俺は見下ろし、早く通り過ぎてくれと願った。
意味もなく自転車を担いでいるのは、俺だってきつい。
しかし、ばあさんは立ち止まって、俺をにこにこと見上げている。
ああ、もうだめだと俺は駆け上がる。
ばあさんにぶつかっても知るもんか。
「あんた、自転車は遠回りをしなきゃ」
階段をゆっくりと上ってきたばあさんは、私に説教した。
私は一応「はい」と返事はした。
引っ越してきた当初、とんでもない地形に驚き、俺は住宅地図を買った。
目を通しているから、この区画のほとんどの道が一方通行と行き止まりであることは知っている。
遠回りをしても、本当にそこに行きつくかどうかは、かなりの知識と技術が必要だ。
確実な近道を使うほうがましだと俺は思っていた。
返事をしたのは、単に年寄りへの敬意だった。
「新聞配達はきっと大変ですね」
一言付け加えたのが、ばあさんのおしゃべりを刺激してしまった。
「あんた、新聞配達考えているの?よそもんはここじゃ無理よ」
「なんでですか?」
思わず、俺も聞き返してしまった。
よそ者とはなんだと意地になった。
「このあたりは、中学になったら新聞配達を子どもにやらせる決まりがあってね。
だって、バイクや自転車だと遠回りだろ、ちょっと走ればすむだけなのに。
普通より区域を狭くして、子どもたちにやらせているんだよ。
いい小遣いにもなるからね」
「決まりでもあるんですか?」
どうしても配達の仕事をとりたいわけでもないのにが、俺はしつこく聞いた。
上京して数カ月が経っていた。
いくつかアルバイトを掛け持ちしていたが、定期収入はほしかった。
だからといって、新聞配達に固執していたわけではない。
「あんたがほかの仕事をしたくない決まりでもあるのかねえ。」
水木さんは、穏やかな表情で俺に聞き返した。
「ほかにも仕事はあるんだよ、心配しなさんな。
まあ、ちょっと遊びにおいで、お昼はまだだろ」
俺はつい、水木さんの家までついて行ってしまった。
店屋物の親子丼を水木さんは俺におごってくれたが、その前にひと手間あった。
「玄関の電球が切れちゃってね。
すまないんだけれど、替えてくれるかい?
あんたなら、脚立も台もいらないだろ?」
家に入った水木さんはすぐに出てきて、まだ玄関に立っている俺に電球を渡した。
人を呼んでおいて仕事をさせるのがこのあたりのしきたりなんだろうか、とんでもないばあさんだと、俺は少し後悔した。
ただ、親子丼は大盛りでおいしかった。
そのせいで、俺の気持ちも変化した。
年寄りが玄関の電球を替えるのは、案外大変なことなのだろう。
俺が親子丼を食い、茶を飲んでいる間に、水木さんはあちこちに電話をかけた。
「いい人が見つかったのよ、偶然にね。勉強おしえてくれるから。」
「運動神経なんて心配しないの。いっしょに遊んでれば大丈夫。
近頃はキャッチボールしてくれるお兄ちゃんもいないからねえ。」
「お母さんが帰ってくるまで心配だって言ってたでしょ。
その間、お兄さんがいてくれたら安心だもんねえ。
夕ご飯?お兄さんといっしょに作らせたらいいじゃない。
由美ちゃん、あんたがひとりでがんばる必要はないのよ。
少しは楽になんなさい。」
水木さんを、ばあさんと呼んだことを、俺は後悔した。
「これでよし。」
今はもう見あたらないダイヤル式黒電話、そこに受話器をがちゃんと置いて、水木さんはそう言った。
八軒の家庭教師を確約してくれた水木さんは、俺の生活費のかなりの部分を保証してくれたのだった。
階段を上り終わった時、よそ者と呼ばれて俺は少し癪に障った。
そうか、そうやって自分たちでまとまっているのかいと思った。
しかし、水木さんの言うよそ者とはそういう意味ではなさそうだった。
ここで生まれ育ったものではない、ということでしかなかった。
だからこそ、新聞配達は無理だが、家庭教師なら口があると伝えてくれたのだ。
実際に始めると、家庭教師というよりは家事を手伝い、子どもに基本的な生活習慣をつけさせるような類だった。
親の仕事に近かった気がする。
おかげで俺の食費はほとんどかからなかったし、料理の腕も上がった。
その上に月謝までもらえた。
しかし、楽だったかというとそうでもない。
素質がもともとある上に、偶然にも俺の指導と相性がよく、驚くほど成績が上がった子がいた。
最初は選択肢にもなかった中学受験を、親が考え始めてしまったのだ。
中学受験の塾がようやく一般的になったころだから、塾にも行ったことのない子どもの親が途方にくれるのはしかたがなかった。
俺が塾の教師をしていたら、おざなりではないにしろ、マニュアル通りの指導ですんだはずだ。
教えがいのある子どもは好きだが、親の悩みまで引き受けるのは大変だった。
どこの中学の校風が合いそうなのか、学費は払っていけるのか、志望校に落ちたときはどうするのか、
調べて考えなくてはいけないことがたくさんあった。
ありがたいことに、その子は第一志望の学校に合格した。
ほっとしたが、それ以降は続けなかった。
親の代わりなどは、学生にはいささか荷が重かった。
それでも、俺がなぜ、あれほど熱心にやったのか、今になるとよくわからない。
妙な地形の町に、俺はすとんと入り込んでしまったのかもしれない。
部活と授業もどうにかこなし、学生時代が終わると俺はあの町を去った。
水木さんに挨拶したのかどうかも、よく憶えていない。
たしかによそ者だった。

就職して最初に配属されたのは、四国だった。
その後、九州、北陸と日本全国を転々とした。
ようやく都心の本社に戻ってきたのは昨年のことだ。
課長として部下も増えた。
それにしても、男たちは昼食時になぜ一緒に出かけるのだろう。
同じ店で食わないと、仲間外れにされると思っているのだろうか。
俺はいつもさっさと食事をする。
食事をとらない時もある。
それは支社のときも本社に戻っても変わらない。
入社直後は、この習慣のせいで嫌われることもあったが平気だった。
コンビニでパンを買い、自転車で河原まで走ったりすることもあった。
上司のつまらぬ冗談に相槌を打ち、昼の時間をつぶすなんてまっぴらだ。
その代り、こちらにも覚悟があった。
嫌われるかもしれないというのはかわいい話で、営業成績をあげないと許されない。
つまり、俺はずっと営業成績は優秀だった。
ただ、今頃になって、思うことがある。
もしかしたら、自分にノルマを与えるためにわざと嫌われることをしていたんじゃないかと。
自分のことがそんなにわからないのかと驚く人がいるかもしれないが、20代の俺は自分でもよくわからないことが多かった。
そのせいか、俺は若い部下を観察するのは面白かった。
あまりに自分と違うせいか、逆に興味がわく。
どうしてこいつは、こんな考えかたをするのだろうと思い、尋ねたりする。
今年度の新人も面白かった。
世間って意外に狭いものですね、なんていう言い回しを学校を出たばかりの男が言う。
思わず笑ってしまった。
お前が世間を知っているのかと、こちらも真面目に聞きたくなる。
ところが、世間はたしかに狭かった。
そいつは、水木さんの孫だった。
「ひどいとこなんですよ、まともには住めません。
バリアフリーって言葉ありますけど、町自体がバリアなんだから。
坂ばっかです。
小さな道と道を急な階段がつないでいるんです。」
まさか、あの町じゃないだろうな。
そう思ったとたん、水木さんの顔が浮かんできた。
灰色の小さな髷。
玄関の電球、親子丼。
「ええっ?住んでいたんですか、あそこに。」
俺が水木さんにどんなに世話になったかを話しても、こいつはなんだかぴんとこないらしい。
「お前の家庭教師はしたおぼえがないんだが」
「ばあちゃんは他人様にはいいんですよ、おやじなんかには鬼だったから。
でも、家族って案外そんなもんでしょうね」
こいつはさらりという。
「小さい頃、なんども怪我したんですよ、あの階段で」
「たしかに急だったよな。落ちたのか?」
「はい。自転車で。
ほら、子供が好きな番組がありますよね、なんとかレンジャーって。
名前は毎回変わるけど、基本は全く同じなアレ。
五色の色違いライダースーツ、ひとりは絶対かわいい女の子。
あのバイクにあこがれてたんです。」
「お前、あの階段を自転車で下りたのか?」
「はい。
あんなに急じゃない階段もけっこうあるんですよ、うちの町には。
何回もやっていると、いい気になってくるんです、おれはできるって。
学年に数人はバカがいて、ぼくもそのひとりです。
怪我したときおやじが言ってました、やっぱり俺の息子だって。
ばあちゃんはうんざりした顔をしてましたよ」
新人はにこっと笑った。
その笑顔を俺は知っている。
俺はまたもや、あの急な階段で自転車を担いでいるような気分になった。