Novel(百物語)
02ten

元気なご飯、普通のご飯

パソコンの前で、仕事を続けながら昼食をとる。
サンドイッチにコーヒー、あるいはおむすびにペットボトルのお茶。
スクリーンを見続けながら、口を動かす。

自分でも、なんだか悲しい食事だと思う。
しかし、はっきりいって、時間がない。
職場のだれもが、そんな食べ方をしている。
私の横にいる修くんなどは、食べてすらいない。
若いから、体ももつんだろうか。
そんなことを課長に言ったら、
「おまえだって若いじゃないか」
と、叱られた。
三十は若いのだろうか、わからない。

帰りの地下鉄、吊革につかまっている。
本を読む気にはならない。
以前は、携帯のゲームに熱中したが、今はそれもない。
きちんとしたごはんをたべていないからかな。

あの店を思い出す。
今から数えて、三つ前の職場のちかくにあった。
早番の時は、その店に行くことに決めていた。
十一時の開店と同時に店にはいる。
「すみません」
と、一度言ったら、
「なんだかパチンコ店みたいでいいですね」
と、笑って返してくれた。

仕込みの包丁の音、水の音、煮物のいい匂い。
そんな中で、お茶を飲み、本を読む。
携帯ゲームで遊ぶ。
メールをする。ぼんやりする。
昨日、わたし、何したんだったっけ。
あかり、つけたまま寝たんだ。

遅い朝ご飯、早い昼ご飯。
ともあれ、ごはんというものをあの店で食べていた。
おいしいお茶といっしょに。
一日に一回だけでも、きちんとしたごはんを食べていたから、なんだか元気だった。

「当たり前の、ふつうのごはんですよ」
と、店主はわらう。
たしかにそうだ。
夏になれば、なすときうり。
夏野菜が、料理はちがうが毎日でる。
冬になれば、大根、白菜、ねぎ。
ああ、いまは冬なんだ、とごはんを食べながら感じていた。
季節感なんて、大げさに言わなくても、舌が、体が感じる。

きれいなものを見ること。
交差点で空の青さを感じること。
炊き立てのごはんを食べること。
お茶をゆっくり飲むこと。
たしかにどれも、とりたてていうことではない。
でも、今はそのかけがえのなさを痛いほど感じている。